流行りの唄でなくていい。評判の新作でなくていい。評価の定まった古典でなくていい。一筋の光明が視れたらそれでいい。
2015年12月31日木曜日
2015年12月28日月曜日
講釈はいらない
本を読む暇をつくると言って、時間が出来てから本を読むのではなく。時間があればすると言って、時間が出来てから物事を行うのでもなく。言う間もなく行い、時間を作ることを考えずに直ぐに実行あるのみ。ぐだぐだと講釈を述べていないで、行動こそが今生きている証。他人の評価も関係ない。価値を見出だせない。
2015年12月26日土曜日
2015年12月9日水曜日
2015年12月4日金曜日
2015年11月8日日曜日
2015年11月5日木曜日
2015年11月4日水曜日
2015年10月28日水曜日
2015年10月11日日曜日
2015年10月8日木曜日
この生を喜べない
もし次回、生まれてくるとしても人間として生まれたいか。世知辛いこの世では希望が見出だせないので、犬畜生いや植物で良いのではないかとさえ思えてしまう。貴重なこの生に喜びを見出だせないのは哀しいことだ。
2015年9月30日水曜日
2015年9月3日木曜日
2015年8月30日日曜日
2015年8月22日土曜日
2015年7月18日土曜日
ソプラノは嫌い
女性のキンキン声を聞くのは苦痛だし、ソプラノも好きになれない。一定以上の低周波と高周波は人には聞こえないらしいが、CDではこれをカットしているらしい。しかし癒しの音楽として注目されているモーツァルトの音楽は、この高周波帯をうまく活用しているということだ。だからこのところ、モーツァルトのLPを聴くようにしている。本当はちゃんとした楽団の生演奏で聴きたいものなのだが。
2015年7月15日水曜日
覚えられない
一冊の本の中に登場する外国人の長い名前が覚えられない。一本の映画の中に登場する俳優の顔を覚えられない。服装なら少しは覚えていられるのだが。そうして話の筋が分からないままに過ぎて行く。
虫の名前も花の名前も、どれもこれも覚えられない。今も昔も。
2015年7月4日土曜日
2015年7月1日水曜日
2015年6月22日月曜日
判断を誤る
好い人だとか信頼できるとか、人を見る目などあてにならない。他人のする評判など眉唾物だ。
中身を少しも見ないで題名だけで本を買うなんていい加減なものだ。せめて目次くらい見たらどうですか。
身に付ける物を体に合わせることもなく、実際の色目を見ることもなく買い物するなんて、安物買いの銭失い以外の何物でもない。それで満足なのか。
2015年6月19日金曜日
2015年5月29日金曜日
2015年5月10日日曜日
2015年4月5日日曜日
こだわりを捨て
万物は常ならず、流転し行く。私は何も残さない。時の過ぎ行くままに、形あるものは変転し行く。今を生きる。今しかない。存在の意味はあろうが、いくら求めたところで詮ないこと。いつか消えゆく物たちに、こだわり続けても仕方ない。
2015年3月1日日曜日
今に生きる
子どもは今に生きている。今にしか生きていない。大人は過去を悔い、未来に怖れを抱いている。今という時世に生きていないのではないか。今を忘れていはしないか。出来ることなら今に生きたい。過去を忘れ、未来の不安を構えずに生きていたい。
2015年2月10日火曜日
組織は悪か
報告のためにする成果と言う名の虚飾になど、本来の価値はない。組織運営と言う美名のための御都合主義以外の何ものでもない。ふんぷんたる悪臭に耐えられない。組織を離れたら人は無力かもしれないが、埋没してしまうのだとしたら自己存在の意味がなくなる。
組織の論理に振り回されている人が嫌いだ。自覚のないままに思考停止している。組織の歯車の中でどう生きられるのか。抗えない力に押し潰されようとしている。だんだん組織から押し出されようとしていると思えてならない。
2015年2月9日月曜日
2015年1月19日月曜日
2015年1月10日土曜日
運不運
運の量は一定ではない。いつまでも悪いことばかりが続く訳でもないし、良いことが続くとも限らない。世の中、平等でないことばかりだから、運のせいにしたくもなるのだろう。努力だけでどうにかなるものでもないけれど、せめて諦めない意気込みくらいは保ちたいものだ。