2016年12月31日土曜日

自分で決めて

ある時は変化の必要性を、ある時は継続の必要性を。他人のことは言いたい放題、自分のことは棚にあげ。結局は自分で決めた通りに生きるしかない。

2016年11月24日木曜日

話すのが苦手

面白いことや楽しいことを話すのが下手だから、話をすることは苦痛だ。演技をして話をして、拍手をもらうことが快感なことらしい。自分にはちっとも嬉しく思えない。人前に出ることが嫌なのではない。その内容が虚しいのだ。華々しさに疑いを懐いてしまうのだ。

2016年10月30日日曜日

むなしい

宴はむなしい。宴の後はもっとむなしい。ひとときの熱狂などむなしいばかりだ。勝っても負けてもむなしい。熱情はほむらの如く静かに潜行するのが良し。

2016年10月23日日曜日

2016年9月15日木曜日

寿命

子供の頃には自分の寿命のことなど考えもしなかった。疾患を畏怖していた二十歳の頃には、30歳まで生られるのかと悲観していた。結婚をし子供ができ、がむしゃらに働いていた時には、寿命は思案の外だった。還暦まで生きようとしている今では、どうにか70歳くらいまでは生きようと思っている。後のことは知ったことか。自分の亡き後、誰かの記憶に残っているだろうか。誰か涙してくれる人がいるのだろうか。

2016年7月22日金曜日

抑止力

体重計に乗る習慣になれば体重増加の抑止になると云うが、私にはあてはまらない。家計簿をつけるようにすれば節約の傾向になると云うが、これも私には該当しなかった。結局なるようにしかならないのか。

2016年7月18日月曜日

無気力

テレビはつまらないし、新聞は読む気になれないし、献立は煩わしいし、体力はないし根気はないし、誰にも望まれていないし、話す気になれない。
いつも非常食を食べているようなもの。

2016年6月6日月曜日

してはいけない

法令で禁止されているから「してはいけない」のではなく、自分の身を守るため自らの信条に生きるために制限すべきことなのに、なぜ人は他に責任を求めるのだろう。そんなに人は野蛮で危なっかしい存在なのだろうか。

2016年6月5日日曜日

薄味好み

すっかり薄味好みになってしまった。ラーメンもこってりはもういらない。味付きご飯が好みだったけれど、もう白飯が良い。薄くても素材の味わいを堪能したい。

議員の質が低い

ある人は戦争に加担する法案だと言い、別の人は戦争をくい止める法案だと言う。我々は誰の言葉を信用したら良いのだろう。

2016年5月13日金曜日

わがままですが

出来ないのではなく、したくないのです。世間のしがらみに縛られたくないのです。自由にさせてください。責めないでください。

2016年5月9日月曜日

情報過多

日頃のテレビは見る気になれない。新聞も読む気になれなくなりつつある。情報過多に溺れそうで、どこに向かって行けば良いものやら。

2016年4月23日土曜日

似合う似合わない

似合う服、似合う色って何だか分からない。どうしたら美的センスを磨けるのだろう。
問題があるからできないのか、できないからそれを障害と認識するのか。

2016年4月22日金曜日

愛だけでは

愛だけのために生きる、なんてこの現実世界では夢の話でしかない。愛なんてあやふやな人の気持ちに、どれだけ確かなものがあると言うのだ。

2016年4月14日木曜日

表層の評価は

ファッションがその人の性格のすべてを表している、という意見には与しない。みてくれだけでその人を判断するのは間違っている。占いほどの正確さしかない。
一度、何かの賞を貰ったからと言って、有名人になったと思うのは間違いです。誰もあなたのことなど覚えていません。励みにすれば良いだけのことであって、あなたの評価が特段上がった訳でも何でもない。

2016年4月10日日曜日

投票は

投票行為は、頼まれたからするというものではない。議論し、自分で考えて、決断して行うもののはずだ。その面倒さを避けて、自らの主権行使を怠るべきではない。民主主義の育たない、この日本で生きている限り免れられない現実だ。

2016年2月19日金曜日

命令されたくない

命令されたくないから、命令する人にはなりたくなかった。偉そうになりたくはなかったけれど、年を取ると自然に偉そうげに振る舞うことがあった。思いと見てくれは必ずしも一致しないものらしい。

2016年2月12日金曜日

質素な食事を

ご飯を。漬物と汁物程度で。パンでなく、味飯でなく。生きるために食べる、快楽のためではなく。食べ過ぎないこと。