記念日とか何周年とか数字に意味があるとは思えないが、思いを寄せることに意義があるのだろう。
どこで生まれたとか育ったとか地域に縛られたくはないけれど、何だか気になるよね。ご当地主義か。
ミステリーに謎めきがなく、ラブストーリーに性愛だけしか目立たないとしたら、文化が廃れつつあるように思えてならない。貧しい精神性しかないのか。
頑張っている人に、「頑張っているね」とは言っても良いが、「頑張れ!」とは言えない。怒っている人に「怒るな」と言ってもしかたない。泣いている人に「泣くな」と言うのはかわいそう。単純に反応するだけでは効果は薄いと感じる。子どもをあやすように、工夫が必要なのだと思う。
空腹を満たすだけの食事の、なんてせつないことよ。それにもまして、メニューを選ぶことのなんて煩わしいことか。
映画は観るけど、動画は観ない。講演会の場で聴くのや講演録を読むのは良いけど、ネット配信では参加したくない。だから、会合もリアルタイムでは縛られたくない。
自分はたぶん運命論者なのだろう。ただし、その運とは、天の配剤だけによるものではなく、努力の結果としてのものとして。